2013年2月4日

十日町ごはんとロンドンの金メダル

2012年のロンドン五輪。女子レスリング日本代表は新しい栄光の歴史を重ねた。
55キロ級の吉田沙保里選手が3連覇の金メダル、
63キロ級の伊調馨選手も3連覇の金メダル、
48キロ級の小原日登美選手も金メダル。
全4階級中の3階級制覇という結果は、
女子レスリングが日本の「お家芸」であることを世界に納得させるものだった。
そんな女子レスリング日本代表の強化合宿は、
21年前から、新潟県十日町市の山間部のレスリング道場で行われてきた。
彼女たちが強くなるために食べてきたのは、十日町のごはん。
金メダルを支えた食事を作り続けてきた名物おばちゃんに会いに、豪雪の十日町を訪れた。

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過酷な合宿の唯一の楽しみは、食べること

女子レスリング日本代表が強化合宿を行う桜花レスリング道場は、
十日町駅から車で約30分の塩ノ又地区にある。
旧六箇小学校塩之又分校を改修したもので、
練習だけでなく、食事、入浴、宿泊などの設備も兼ね備えている。

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周囲は見渡すかぎり山ばかり。
遠くに幾つか民家の屋根が見える以外は、コンビニはおろか、自動販売機もない。
携帯が通じるようになったのは、ほんの数年前。
周辺は、上りと下りのアップダウンが激しく、
足腰を鍛えるトレーニングには最適だが、歩いて市街地へ出るのは難しい。
一度ここに来たら、レスリングに没頭せざるを得ない。まさに陸の孤島なのだ。

ロンドン五輪後に吉田沙保里選手が、強化合宿を振り返って、
「楽しみは食べることだけだった」と発言していたが、
実際に山に囲まれた道場を訪れてみると、発言の真意が理解できる。

そんな選手たちの唯一の楽しみである食事を、21年も作り続けている林幸子さんは、
笑顔が人なつこい素敵な方だった。

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普通の家庭料理が選手たちを支えてきた

選手にとって、ごはんは非常に大切だ。唯一の楽しみであるだけでなく、
試合で勝つ身体やスタミナをつくるのも、毎日のごはんだからだ。
オリンピックレベルの選手の食事というと、
科学的なデータを総動員して、緻密に栄養管理されているイメージを持っていたが、
林さんの料理は、昔ながらの十日町の愛情いっぱいの手料理だった。

「十日町は、ごはんも美味しいし、お肉も野菜も、いっぱいあるでしょ。
 だからね、辛い練習をしてる選手たちには、
 少しでもおいしく楽しく食べてもらいたいと思ってますね。
 いつも作るのは、肉じゃが、ジャガイモの煮っころがし、
 野菜の天婦羅を甘酢につけて食べるものとかが中心、
 とびきり変わったメニューなんてないですし、
 普通に家庭で食べるようなものを作って、おいしいと食べてもらってます」

21年前、この合宿所の食事を作る話が林さんに来たのは、
ちょうど子育てが一段落ついた時だった。
そんな林さんの目には、食べ盛りの選手たちが、まるで自分の子どものように見えた。
林さんは、我が子に食べさせるのと同じように手料理を作り続けてきた。

「選手たちの食事は一日2回。朝と夜だけなんです。
 たった2回の楽しみだから、おいしく食べてもらいたい」

林さんの献立は、メニュー数が多い。
朝は約10品目。夜は肉料理2〜3品を含む15〜16品目。
それらをバイキング形式で提供する。一回の食事で様々な栄養がバランス良く採れるのだ。

「野菜は色とりどり、たくさんの種類を使いますね。
 あとはデザート系。フルーツはたっぷり用意します。
 メニューの研究もしてますよ。今はネットでいろんなことを調べられるから、
 60歳になってからパソコンを習いにいきました(笑)」

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選手たちは、かわいい娘のようなもんです

それにしても、激しい運動をこなす選手たちの料理を、
一日2食つくるのは大変な作業である。人員は、たった2名。
女子レスリング代表は、多い時で約40名。
合宿所の厨房は、朝の暗いうちから戦場となる。

「みなさんが大変でしょ? と、おっしゃるんですけど、
 わたしは楽しんでやってるんです。
 あの子たちの顔を見てると、しんどいとか全く思わないんですよね。
 どの子も十代の頃から見てるから、皆の好みはよく分かってるしね。
 最近、あの子が元気ないから、好きなものを食べさせてあげようとか、
 いつもそんなことを考えてますよ」

選手たちは、林さんを「おかあさん」と呼び、
林さんは、選手たちを「○○ちゃん」と下の名前で呼ぶ。

「階段で隠れて泣いてるところを見たり、
 落ち込んで悩んでいる表情に気づいたり、そりゃいろいろありますよ。
 そんな時は話を聞きますよ。かわいい娘みたいなもんですからね」

選手たちにとって林さんは、親みたいなもの。
選手たちが、合宿期間以外に林さんの家に遊びにきたり、
メールを送ってきたりすることもある。

「昨年のオリンピックは、ロンドンまで応援に行きました。
 次のリオも行きたいですね」

金メダルを目指すかわいい娘たちのために、
林さんは、これからも心をこめてごはんを作り続けるのだ。

にほんいちの米物語

須田泰成(すだ・やすなり) 東京・経堂の『さばのゆ』から全国を活性化するプロデューサー。経堂系ドットコム編集長。著書に『モンティ・パイソン大全』など。番組・広告・web制作なども手がけている。