2013年9月2日

【エンテツの十日町“田んぼ”見てある記】(その1)

関東も大雪に見舞われた2月だったが、
3月の下旬になると、さすがに温かくなった。
雪国の米作りは、春とはいえ、まだ雪が残るなかで始まる。
十日町小唄には、こんな歌詞がある。
雪が消えれば 越路の春は
   梅も桜も 皆開く
   わしが心の 花も咲く
雪国では梅と桜が順番に咲くのではなく、一斉に開く。
その春の訪れを喜びながら、一年に一度だけの収穫への祈りをこめて、
十日町でも、そろそろ新しい年の稲作が動き出しているに違いない。

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2013年の6月上旬、十日町の田植え真っ盛りの田んぼに米作農家さんを訪ねた。
高度経済成長期からの急激な都市化で膨れあがった1980年代の都会では、
米が水田で作られることを知らないひとがいるとか、
庭に田んぼを作って普段食べている精米された米をまけば米がとれる
と思っているひとがいるなど、笑い話のようなウワサが流れた。
日本人の主食といわれ、特別のものであった米にして、
それぐらい産地と消費地のあいだが離れてしまったのだ。
そしてブランドだけが一人歩き。
とりわけ「魚沼産コシヒカリ」は「最高級ブランド米」といわれるようになり、
人気は高まる一方だった。
魚沼産コシヒカリというだけで高値がつき、おかげでニセモノが出回り、
実際の生産量の10倍もの「魚沼産コシヒカリ」が出回っているといわれるようになった。
しかし、米の味は、品種だけでは決まらない。
以前にも書いたが、生産者と田んぼの場所が関係する。
同じ品種と生産者でも、田んぼによって味がちがうといわれるぐらいだ。
それになんといっても、これを食べる消費者の財布と料理と味覚の問題もあるだろう。
ブランド米より格安のブレンド米をおいしく食べているひとはいくらでもいる。
消費者の財布と味覚の問題はさておき、米の味をウンヌンするなら、
消費者は生産者や産地との交流を深め、
生産者と田んぼぐらいは知っておく必要がありそうだ。
そういうことが、これからの、
ブランド米を食べる消費者の「暮らし」の一環になるのが望ましいと思う。
ワタシ食べるひとアナタ作るひと、そのあいだにあるのはカネとブランドと情報だけ、
といった関係をこえて、共に作り食べる関係から、よいものうまいものが育つ。
そういう、これは「文化運動」ともいえる動きが、
すでに生まれているけれど、もっと拡がってほしいものだ。
幸い、魚沼産コシヒカリの産地も十日町も、大消費地である東京から近い。
日帰りができる。
こんな近いところに日本で最高級の米が獲れる産地がある東京は、
なんと恵まれていることか。

エンテツの米の話

遠藤哲夫(えんどう・てつお) 1943年(昭和18)新潟県六日町(現・南魚沼市)生まれ。庶民の快食を追求するフリーライター。通称“エンテツ”。著書に『汁かけめし快食學』『大衆食堂パラダイス』(ちくま文庫)など。現在、ちくま新書より新刊『大衆めし激動の戦後史―「いいモノ」食ってりゃ幸せか?』が発売中。