2013年11月6日

大衆食堂で米の飯を食うということ(その2)

前回、米を食うことが、単に身体を動かす活力を生むこと以外に、
人と根源的なところでつなぐという話を書いた。
同じ食堂の飯を食うことと、同じ釜の飯を食うことは、同じなんだよね。

なり田 かつどん

最近こんなオモシロイを話を聞いた。
世田谷の経堂にある大衆食堂があって、
そこに数年前に通っていた30歳くらいの女性がいたんだよね。
近所で働いてたから、週に2、3回くらい、そこで昼飯を食ってたらしい。
一度、仕事をやめて、アパートを解約して田舎に帰ったんだけど、
何ヶ月かして、また戻ってきた。
最初は友だちの家に泊めてもらいながら、就職を探そうとしたら、
「住所がないと無理」と言われてしまったんだよね。
まあ、ある種のホームレスな感じというか。
それで面接に行く前に部屋を決めようと思い、地元の不動産屋に行ったら、
そこはそこで、基本「仕事してないと部屋を貸せない無理」と言われてしまった。
けど、頼み込んで探してもらったら、いい物件が手頃な値段であった。
でも、仕事が決まってないから大家さんの面接が必要ということになり、
ダメ元で、面接をセッティングしてもらうことに。
不動産屋の事務所の一角で大家さんと会うことになったんだけど、
やっぱり仕事が決まってないから自信がないままの面接になるよね。
緊張して彼女が待っていたら、大家さん部屋に入ってきた。
そしたらいきなり大家さんが彼女に
「うわー、いつもお世話になってます!」と大きな声を出して、
彼女が驚いたのは、その大家さんというのが、
以前通っていた大衆食堂の女将さんだったんだよね。
不動産屋の担当が、「スミマセン。まだ就職先が決まってなくて」と言ったんだけど、
女将さんは、「この人なら間違いない!就職なんて関係ない!うちの常連さんなんで大丈夫!
すぐに住んでください!」と(笑)
ちょっと現代の話とは思えない部分もあるけど、まあ同じ飯を食うってのは、
そういうつながりを生むことでもあるよね。

エンテツの米の話

遠藤哲夫(えんどう・てつお) 1943年(昭和18)新潟県六日町(現・南魚沼市)生まれ。庶民の快食を追求するフリーライター。通称“エンテツ”。著書に『汁かけめし快食學』『大衆食堂パラダイス』(ちくま文庫)など。現在、ちくま新書より新刊『大衆めし激動の戦後史―「いいモノ」食ってりゃ幸せか?』が発売中。