2014年3月27日

自分の舌を飼いならして見えてくるもの。

「自分の舌を飼いならす」ってことは、個人の自由の問題と関係があるんだよね。

いまの社会は、まあ70年代くらいからそうなんだけど、
テレビを中心としたメディアが先導する消費主義の社会で、
どんどん新しい情報を垂れ流して、
「こっちの方がいい!」と煽動することを繰り返している。

だから、一人の人間がお気に入りの食堂の親子丼をウマいと思って食っていても、
メディアが「普通の親子丼は時代遅れ。
いまは比内鶏の肉と卵とどこそこの米の親子丼がいい!」
なんてことを言ったりするわけだ。
その情報に流されて比内鶏の親子丼を食っていたら、
「今度は、土佐のシャモの親子丼が究極です」みたいなことを言ってくる。

米だったら、この米がどこそこのシェフが愛用しているとか、
この米は数値検査で優秀な成績だったとかね。

そんな情報に惑わされずに「俺はこれがウマいと思う!」と言えることが、
食を語る上で大切なことだと思うんだよね。

光竜野菜炒め定食

ナントカシェフの作ったナントカってメインディッシュよりも、
俺が毎年買っている米を工夫して炊いた飯と
俺の野菜炒めを一緒に食うのがウマい!とか、
そういう感覚を持つことから、本当に米を語ることができてくるのではと。

十日町の米は有名なブランドだから、
一見、「自分の舌を飼いならす」ことと合わないように思えるかも知れないけど、
本当の米のウマさを都会の連中に知ってもらって、
長続きする関係性を築こうとするなら、
お客は、自分の自立した味覚を持っている人がいいと思うんだよね。

エンテツの米の話

遠藤哲夫(えんどう・てつお) 1943年(昭和18)新潟県六日町(現・南魚沼市)生まれ。庶民の快食を追求するフリーライター。通称“エンテツ”。著書に『汁かけめし快食學』『大衆食堂パラダイス』(ちくま文庫)など。現在、ちくま新書より新刊『大衆めし激動の戦後史―「いいモノ」食ってりゃ幸せか?』が発売中。